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越智康貴 越智康貴
越智康貴

花と夢 vol.8

越智 康貴

花と夢 vol.8

越智 康貴

この記事は奄美大島旅行記の続編です。

BRUTUS CREATORS HIVEでは、ご応募いただいたアンケートを独自に解釈したものを、写真と文章に展開した作品を制作しようと思っています(詳しくは花と夢 vol.1 にて!)。募集開始は"まもなく"を予定しています。


 二日目の朝は、雅也の運転でサンドイッチショップに行った。魚のカツサンドもイチゴサンドも食べたくなってしまう。魚のカツサンドはキャベツもいっぱいで軽そうだし白身魚だし、とイチゴサンドの生クリーム問題は完全に無視して自分に言い訳をしながら両方とも買う。店内で食べていたら雅也が話の途中で眠ってしまった。なぜ? お腹いっぱいになって、金井工芸へ向かう。

 まずは藍染をする。金井さんに合羽とゴム手袋、長靴を借りて、話しながら身につける。言い間違いについて話していて「昨日の夜、eriさんが乳飲み子のことを“ちちのみご“って言ってた」と僕が言うと、金井さんが「そういうのあるっすよね。そいえば昨日はeriちゃん、染色の工程のなんか言い間違えてたっすよ。国会中継流れててそれと混ざってたっす」と言う。僕とeriさんは面白くなって、どんな間違いだったのかを思い出そうとする。思い出すことはできない。
 持参したスーツを藍の染料に浸けて、生地の隅々まで行き渡るように揉んでゆく。麻に藍が勢いよく染みわたる。水中では緑がかった青錆色に変化していき、空中に引き上げると酸化してみるみるうちに藍色になる。僕とeriさんと雅也は順番に繰り返す。夢中になって何度も繰り返す。
 染めるべきものを染め終わると正午を過ぎていた。昼食のために島豆腐料理屋へ向かう。あらゆる手を尽くして調理された豆腐料理の数々を食べる。それぞれがiPhoneで仕事をこなす。それから再び金井工芸に戻る。
 藍だけではなく、フクギやシャリンバイでも染めてゆく。僕もeriさんも雅也も、黙々と、淡々と染めてゆく。夕暮れ前には一日の工程が終わり、金井さんとクーに御礼を言って、金井工芸をあとにした。
 一旦宿泊先に戻って荷物を置き、三人で夜ご飯を食べに出掛ける。

 居酒屋のような島料理屋に入る。料理を待つ間にiPhoneで人狼ゲームをする。はじめてで僕にはルールがわからず、雅也が説明してくれた。
 狼役と村人役に分かれて、役柄を隠し、村人は狼を処刑すること、狼は村人に処刑されないことを目的にお互いに探りあうゲームで、最後にiPhoneを順番にまわして処刑したい人を入力するという。
 僕には『怪盗』という役職があてがわれた。事前に誰が人狼かを知ることができて、こっそり人狼役に入れ替わることができる。当たり役だ! と思う。僕は人狼役のeriさんと入れ替わり、質問タイムでは人狼を当てることができる『占い師』であるふりをして、したり顔で「eriさんが人狼だ」と宣言する。しめしめ、と思う。
 ひとしきり話し合ったあと、iPhoneをまわしてそれぞれが人狼を指名する。もちろん僕は誰も指名しない。eriさんは人狼役だと思い込んでいるからきっと誰も指名しないだろう。雅也はeriさんを指名するか、もしくは誰も指名しないだろう、と僕は推理する。なかなか上出来だと思う。三人なので、すぐに答え合わせになる——すると僕は、見事に処刑される。なぜ? やはり雅也はeriさんを指名したらしく、驚いた顔をする。eriさんは眉ひとつ動かさずに無表情のまま「わたし、越智くん処刑した」と言う。僕は口のなかで繰り返す。わたし、越智くん処刑した。
 出てくるものの想像がつかないまま頼んだ料理の数々が、見事に似た味付けのものばかりで「これもこれもほとんどチャンプルーだって教えてよぉ」と、思わず苦笑する。
 ひとしきり食べ終わった頃、奄美大島に偶然同じタイミングで来ていたeriさんの友人、佐々木依里さんが合流した。鯨と一緒に泳ぐために来た、と言う。
 はじめまして、と挨拶をすると、依里さんは席に着いた瞬間から鯨についての熱い想いを語り、手が震えていることを指摘されると船がどれだけ過酷なもので握力をどれだけ使ったかを語り、指ダウジングというものを披露しはじめる。雅也のことをバンビまたは脇腹にまだ生まれたばかりの印が残っているイルカに似ている、と言う。僕のことを鯨に似ている、と言う。立ち上がると余計に似ている、とますます自信に満ちた笑顔で言う。依里さんはオノ・ヨーコのメッセージが書かれたトレーナーの下にガンジーのTシャツを着ていて、それをちらと見せたあと、ポーチから強烈な味のする飴を僕と雅也とeriさんにくれる——僕は、出会って十分足らずで依里さんから完璧な自己紹介を受けた気になる。
 島料理屋を出て、依里さんとは別れ、宿に戻る。染色の作業で疲労がたまっていたのか、すぐに眠ってしまった。

 夜明け前に目が覚める。海に面しているバルコニーに出ると、東京とは比べものにならない星空が広がっている。一日目は曇っていて見られなかった。すぐに「Sky Tonight」というアプリをダウンロードして夜空にかざす。目の前に広がっている星が何か、どんな星座かを教えてくれる。星占いで追っているものの存在が僕自身に明確に刻み込まれる。

 三日目の朝、雅也の運転でコーヒーショップに行く。店主に矢継ぎ早に質問をされて、妙に急かされた気持ちがしてくる。コーヒーを待ちながら本棚に目をやる。雑誌や宮崎駿の本や奄美大島についての本、それと『お金』や『幸運』に関する本が何冊も並んでいる。コーヒーを受け取り、近くのパン屋にも寄る。そこにディスプレイされていた本を開くと「私たちはみんな粒子。だから私とあなたは同じもの」というようなことが書いてある。きっとこのパンも同じもの。

 今日は、飛行機の都合で昼には出発することになっている。金井工芸へ行くと依里さんも来ていた。泥田で泥染をする。染色と選挙区……、違う。 eriさんの言い間違いは、まだ思い出せない。
 腿まである長靴を履いて泥田に入ると冬の水温で、氷水みたいに冷たい。金井さんに「泥を蹴り上げてください」と言われ、泥に沈み込んだ右足を力いっぱい持ち上げる。すると水の中で泥の粒子が軽々と乱舞して上澄のほうまで撹拌され、日の光を受けてなめらかにきらめく。少し見惚れてから、藍染したスーツを浸けて生地に泥を通す。引き上げると藍の色合いに鈍さが足されている。

 泥染したものを川へ洗いに行く。苔むした岩に足をとられながら川へ入る。透き通った水が服のなかを通って泥を洗い流してゆく。自然のものしか使っていないから川で洗っても平気だと金井さんが教えてくれる。嬉しくなる。
 金井工芸へ戻って金井さんとクーに御礼を言う。仕上げは金井さんに任せて、僕たちは東京へ戻る。
 帰りがけに僕たち三人と依里さんとで漁師料理屋に行く。雅也が頼んだフライドチキンみたいな魚の唐揚げが一体どの魚なのか、壁に貼られた魚一覧を見ながらみんなで予想する。途中でどうでもよくなったらしいeriさんが、早々に店の人に答えを訊く。全員の予想が外れる。

 依里さんと別れて、空港へ向かう。車のなかでは北海道出身のGLAYの歌が流れている。旅行をするといつも思う——来る前は面倒だと思っていたのに、帰る頃には帰りたくなくなっている。そんな気持ちに後ろ髪を引かれながら、東京へ帰る。eriさんの言い間違いは、とうとう思い出せない。


泥染の様子
またガッツリいかれてる
息をのむ星空!
川へ洗濯に
仕上げ前の染めたものたち

いろんな気持ちになるビジュアル

お読みいただきありがとうございます。少しずつ更新します。

越智


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