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越智康貴 越智康貴
越智康貴

花と夢 vol.7

越智 康貴

花と夢 vol.7

越智 康貴

⁡この記事は奄美大島旅行記(三日間あるうちの一日目)です。まだジャブ的な内容です。

BRUTUS CREATORS HIVEでは、ご応募いただいたアンケートを独自に解釈したものを、写真と文章に展開した作品を制作しようと思っています(詳しくは 花と夢 vol.1 にて!)。募集開始は3月を予定しています。


 それほど寒くなくなってきた午前七時に家を出て、羽田空港へ向かう。那覇経由で奄美大島の『金井工芸』という染色工場へ行くことになっている。

 羽田空港に着く。マクドナルドが目について、吸い込まれるように立ち寄り、フィレオフィッシュバーガーとチキンナゲット(マスタードソース)、ハッシュポテト、アイスコーヒーを注文する。
 食べ過ぎた……、と思いながら待合せ場所の保安検査場前へ行く。eriさんと雅也と合流する。「朝マックしちゃった」と言うとeriさんは薄笑いで「しちゃった?」と言う。
 金井さんにお土産を買おうと、とらやのコーナーへ向かうも、eriさんが東京ばな奈を手に取る。ドラえもんが大きく描かれているのを見て「これだね」と僕が言うと「これだね」とeriさんが言う。

 僕とeriさんはQRコードの読取でエラーが出てしまい、ふたりでカウンターへ行く。マスクをしていない熊みたいに体の大きな中年男性が先に話をしている。話の終わりごろ、航空会社の女性が「マスクはお持ちでしょうか」と言うと、熊みたいに体の大きな中年男性は、無視して検査場へ歩きはじめる。「お客様、マスクを……」と航空会社の女性がカウンターから出て追いかけると「持ってるっつってんだろ!」と熊みたいに大きく叫ぶ。僕は思わずからだを硬くする。それから熊みたいな男は、野球選手のイチローがかけていそうなサングラスをひっくり返したような、透明で幅が狭くガードと言うにも心許ないマスク代わりの何かを身につける。僕とeriさんは顔を見合わせる。「それマスク……?」とほとんど同時に思う。手荷物検査のトレーに乱暴に荷物を入れているのが見える。
 eriさんが航空会社の女性に向かって「大変ですね」と小声で言う。女性は眉尻を下げて笑顔をつくる。エラーを解決してもらい、飛行機を待ちながら、先にチェックインしていた雅也に熊男の話をする。

 那覇まで三時間。それから飛行機を乗り換えて、一時間程度で奄美大島に着く。到着したのは十六時頃。曇り空で、まだ明るくて随分涼しい。レンタカーで、まずは金井工芸へ向かう。道中で浜辺を見つけて、三人で降りる。海は透き通っていて、潮が引いて低い岩肌がずっと続いている。曇り空と相まって退廃的な景色に見える。eriさんが貝殻を拾う。僕も貝殻を拾う。

 金井工芸に着く。金井さんに染色を教えてもらいながら、持ち込んだ衣服を実際に染めさせてもらうことになっている。挨拶もそこそこに目に飛び込んできたのは、一匹の犬だった。『クー』という名前らしい。人懐っこくて、僕もeriさんも雅也も、ひと目で好きになる。雅也がクーを撫でる。eriさんは顔を舐めまわされる。

 一日目の今日は、染色の工程や技法の説明を受ける。工場に入ると甘酸っぱい、発酵中のパンと植物の青さが混ざったような有機的な匂いがする。ラジオからは国会中継が流れている。藍色に染められた服や糸が蛍光灯の光を反射している。思わず感嘆する。
 隣の空間には大きな炉がある。その前に吊るされた大きな籠にはチップにされた木が大量に入っている。別の器には灰がいっぱいに溜められている。シャリンバイという木を切り出してチップにし、煮出して染料にして、乾燥させて炉の燃料にしてから、その灰はまた別の染料としても使う、と金井さんが教えてくれる。このサイクルに僕もeriさんも胸がときめく。恐らく雅也も。
 シャリンバイは東京でも垣根などに使われていて、低木の小さなものしか知らなかったので、切り出された太い幹を見て驚く。
 工場裏の泥田も見せてもらう。
 明日は実際に染める作業をする。

⁡ 途中、軽トラで大量に何かが運ばれてくる。タンカンという柑橘らしい。出荷できないB品もたくさん届くという。僕たちはそれを運んできた老年の男性からひとつずつもらい、その場で食べる。皮がしっかりしていて上手く剥けず、僕は諦めて手を果汁だらけにしながら食べる。eriさんも途中から諦めている。雅也はきれいに剥いて食べている。さっぱりしていてうす甘く、僕はタンカンが好きになる。
 老年の男性はB品らしいタンカンをまとめた段ボールを指差して「ハネモンだから自由に食べて。ハネモンのほうがうまい。人間もブスのほうが……」と言ってから大きく笑う。eriさんが笑いながら「わたしも"ハネモン"だからなぁ」と言う。僕にしか聞こえなかったのか、誰も笑わない。

 金井さんとクーに御礼を言って、金井工芸を後にする。宿泊先にチェックインしたあと、少し歩いて夜ご飯を食べに行く。『ばしゃ山村』という、島料理を出すレストラン。ケイハンというまぜ飯に似たものが名物らしく、僕と雅也はそれに刺身が付いたものを頼む。eriさんは鉄火丼を頼む。雅也は度数の高い黒糖酒のソーダ割りを頼み、食べ終わるころには頬を赤く、目を潤ませていた。
 海に面したレストランで、大きな窓からは、ほとんど真っ暗になっているけれど波が立つのが見える。遠くに来ているんだな、という実感がいまさらになって湧いてくる。

 宿泊先に戻って三人でトランプをする。静かに盛り上がる。
 しばらくしてから自分の部屋へ戻り、ベッドで"ハネモン"について考える。


ディストピア
がっつりいかれてる
タンカン

お読みいただきありがとうございます。
二日目に続きます。

越智

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