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越智康貴 越智康貴
越智康貴

花と夢 vol.9

越智 康貴

花と夢 vol.9

越智 康貴


この記事は瞑想体験記です。‌
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‌BRUTUS CREATORS HIVEでは、ご応募いただいたアンケートを独自に解釈したものを、写真と文章に展開した作品を制作しようと思っています(詳しくは花と夢 vol.1 にて!)。募集開始は"まもなく"を予定しています。‌


「瞑想のセッション受けてみない?」とeriさんから連絡がきた。ちょうどNetflixの『ヘッドスペースの瞑想ガイド』を観はじめたところだったので「わーい」と返す。すぐに、この日曜日にeriさんの家で、と決まったと連絡がくる。

 瞑想を教えてくれるのは奄美大島で出合った瞬間に鯨について熱く語っていた佐々木依里(えり)さん。気軽に「わーい」と返事をしたものの、瞑想はいわゆる心頭滅却的なイメージが強く、雑念が多い自分にできるのか、というかそもそも瞑想って一人でやるものなんじゃないか? と漠然とした不安や疑問が浮かんだままeriさんの家へ向かう。

 お邪魔します、と言ってから一時間だったか、一時間半だったか、Netflixで瞑想とは無関係の番組を観ながら、だらだらとeriさん宅の紋太郎という猫をひとしきりかわいがる。依里さんはキッチンにあったシリアルを食べはじめ「これはうまい。残ったこれもうまい。これはやばい」と、残ったそれ(恐らくシリアルのだしが出たオーツミルク)をスプーンで喉に流し込みながら言う。番組もひと段落し、じゃ、そろそろ帰ろうかな、と自然に思ったタイミングで依里さんが「そうそう、瞑想だよ瞑想」と言う。唐突にセッションがはじまる。依里さんは「いつもは七時間半かかるんだけど今日はなんと一時間でやりまぁす」とシンギングボウルを叩き反響させながら言う。

 iPadで資料を展開しながら、まずは瞑想についての説明をしてくれる。瞑想そのものの種類や、なぜ枝分かれしているのか、それに紐づく顕教と密教の違い、仏教的な教えと人間の感覚、からだ、心のバランスなどを緩やかな山道を軽快に歩くみたいに、あっさりと話す。僕もeriさんも小さな相槌は打つけれど大したリアクションをとらないので、途中でふたり揃って「めちゃくちゃおもしろい」と言うと「いやそれは良かったけど反応薄すぎて! いつもZOOM画面の端っこの方でもわかるくらい頷いてもらえるのに!」と、依里さんは膝を叩いて笑いながら怒ったように言う。

 説明を受けながら瞑想を実践する。まずはeriさんが淹れてくれたハーブティーを『はじめて飲むつもりで飲んでみる』瞑想をする。不思議と茶碗の質感や持ち方、ハーブティーの香りや口に入れた時の質感、味、匂い、温度、飲み心地、舌の動きが分割された情報として頭に流れこむ。「シェアターイム」と依里さんが声を上げ、感想を言いあう。「舌の波打ち具合が半端なかった」と僕が言うと、eriさんが「わかるわかる」と言って両腕を顔の前に持ってきて、平泳ぎとクロールを合わせたような動きで再現する。何度もする。これでもかというくらい再現する。
 説明が進み、また別の瞑想をする。あぐらをかいて、頭の先は空へ、尻の下は地球へ繋がっているイメージで深く呼吸をする。依里さんから「呼吸がなかでぶつかっていないか」と訊かれる。ぶつかっていないかどころか、胸の下あたりで滞っているのを感じて少しずつその滞りを押し出すように呼吸を広げてゆくと、一本のホースが入ったみたいに通る瞬間がきた。長く吐ききったところで息をとめ、また深く吸って長く吐ききってから息をとめる、ということを何度か繰り返す。「シェアターイム」がはじまる。
 さらに説明が進む。今度はリラックスして呼吸に焦点を当てながら、自分のなかに好きなかたちのリビングルームをつくるように言われる。僕は綾波レイの部屋みたいにがらんとした部屋を想像する。そこに「蓋をしていたトラウマのようなものや傷ついたことを呼んで、座ってもらって、それとは別に優しさや思いやりや慈悲深さを呼んで、癒してみて」と言われる。僕たちはまた目を瞑る。シンギングボウルが響く。僕は、特に悲しいことが思い浮かばないな、と思いながら、仕事で不安だったことや人間関係で消化不良になっていたことを呼び出してみる。座らせてみる。そこに座っているのは他人で、とにかく癒してみようと、抱きしめてみたり、声をかけてみる。うつむいたままで、何も反応がない。もっと声をかけてみる。大声を出してみる。どんな様子なのか、もっとよく見てみる。さらにもっとよく見るために顔を覗き込む。まだうつむいている。もっと、もっと、と精いっぱい近づくと、他人だと思っていたその悲しみが僕自身の顔をしてこちらを見ていることに気が付く。悲鳴をあげそうになる。そこで「シェアターイム」と依里さんが言う。

 ゆっくりと目をあけて、隣に座っているeriさんを見ると、音もなく泣いていた。子どもみたいに鼻先が赤くなっている。あぐらをかいた足首にぽつぽつと涙の跡がある。「なんにも悲しくないのに、気がついたら涙がせりあがってた」と言う。依里さんが「eriちゃんは感情レベルでは対処できちゃってても、魂レベルでは傷ついちゃってるんだなぁ」と言う。その通りだなぁ、と僕は思う。eriさんはあっけらかんとして涙をふく。
 それからお互いに愛を送り合う瞑想もする。愛を送るってどんな感じにしたらいいのかな、と僕は思う。途中、依里さんが「では、えりちゃんに愛を送りましょ〜……、永井のほうの」と言うので僕は吹き出してしまう。それから、紋太郎に愛を送ろう、と言われる。紋太郎に、ふわふわしてかたちのない愛っぽい何かを送る。自分でも驚くほどの、ありったけの愛を送る感覚になる。
 個人と全体性について、地球について、それぞれが今までに体験したことのある特殊な現象について。普段は人に話さないようなことをお互いにするすると話す。依里さんは「瞑想中にチラッと紋太郎を見たら毛づくろいしている舌が毛に絡まって取れなくなっちゃってて助けようか迷った」と、鬼の形相で顔真似をしてから「DoingでもHavingでもなく瞑想はBeingだからお金もかからないしめっちゃエコ!」とまとめてくれる。僕は、家に帰ったら眠る前に再び瞑想してみよう、と思う。

「いやぁ、すごかった! 瞑想すごい!」
 eriさんと僕は依里さんに御礼を言いながら、感動をどうにか言葉と態度で示そうとする。いまいち伝わっていない感じがする。


瞑想を教えてくれた依里さん

お読みいただきありがとうございます。少しずつ更新していきます。

越智

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