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越智康貴 越智康貴
越智康貴

花と夢 vol.3

越智 康貴

花と夢 vol.3

越智 康貴

この記事は沖縄旅行記です。前回、前々回の記事とは違い、ただの日記一本勝負です(勝ち負けではないです)。




 那覇空港に着いた。昼前なのに予想していたよりも暑くて湿気ている。熟れた果物の香りが漂っている。気温よりも匂いによってハッキリと”遠くに来た”と感じさせられる。

 google mapで示された経路には、バスとも電車とも記載が無く、空港と直通になっているモノレールの駅に勘で行ったけれど間違いで、探すのを諦めて空港のインフォメーションで尋ねる。
 バスターミナルを案内されて、二十分ほど待つ。バスに乗って、今回の目的地である大宜味村(オオギミソン)小学校へ向かう。国内外からアート作品を集めた『やんばるアートフェスティバル』が開催されている。途中でバスを一度乗り換える。合わせて二時間弱の道中で目に入る看板に書かれているものは知っている字なのに、組合せによって読めないものが多い。文字をあべこべにしてふざけ、ニセモノの世界を作っているように見える——どこかで見覚えがある。道路や標識は東京と類似しているのに、街路樹や、建物の形や色使いが見慣れないものであることも奇妙さを補強している。
 待合せ場所のバス停で降りると目の前が海岸で、波打ち際まで行く。波に足を洗われるところを想像しながら、靴を脱ぐことはしない。目に留まった貝殻を拾うこともしない。
 振り返ると車が着いていた。佐藤允君とユアサエボシさんが乗っている。二人とも画家で、大宜味村小学校で作品を展示している。
「ユアサさん、はじめまして」
 運転席のユアサさんへ挨拶をしながら車の後部座席に乗り込む。二人の勧めで、みなと食堂という定食屋へ向かう。到着して、入口に立てかけられた「泳魚中」という看板が目に入る。
「えいぎょちゅう……」
 と、僕がつぶやくと、すかさず允君が言う。
「だから『TRICK』の世界なんだってば」
「そうだ……。『TRICK』の世界だ」
 僕が言う。

 ユアサさんがアラ煮つけ定食を注文し、僕と允君はトロ鯖焼きと刺身の定食を注文する。店内は満席だ。黒いナイロンの半ズボンを履いたユアサさんが手を洗いに席を立つ。西洋人みたいに白くて真っ直ぐな脚が目立つ。戻ってきてメガネとマスクを外す。初めて素顔を見る。
 アラ煮つけ定食が配膳される。皿に載っていたのは大きなカブト煮で、三人とも同時に驚く。目玉の部分のゼラチン質だけが浮いて見える。トロ鯖と刺身の定食に対しても、量に驚く。しかしあっさりと食べ終え、盛り付けの工夫によって多く見えているのだと気付く。
 ユアサさんは躊躇いなく目玉を食べ、残りを食べづらそうに骨から剥がしながら「うまい、うまい」と食べる。

 食事を終えて、大宜味村小学校へ向かう。途中で空き地に寄る。広い空き地に粗大ゴミのようなものが点在している。ナイフやオートバイの座席、犬型のロボットが点在している。全て僕たちが立っている道路側を向いている。空き地の周りに沿って看板が立っている。『死体』、『悪の隣人物笑』、『殺してやる』とゴシック体で一文字ずつプリントして組み合わせ、貼り出してある。全て僕たちの方を向いている。
「これはアートフェス関係ないんですよ」
 ユアサさんが冷笑を湛えて言う。
 貼り出された紙の真新しさに、人の気配を感じる。

 大宜味村小学校に着く。『やんばるアートフェスティバル』のメイン会場で、学校全体に展示が散らばっている。校門を入るとすぐに体育館がある。『希望』と書かれた石碑が建っている。允君が体育館の裏で煙草を吸いたいと言う。海に面していて、遠くに山が見える。

 元図書室を使って、允君、ユアサさん、谷原菜摘子さんの三人で『お化け屋敷』をテーマに展示をしている。三面ある大きな黒い壁に、それぞれの作品が掛けられている。黒い壁からは赤い灯が漏れている。僕は目の奥に鈍痛を感じる。
 ユアサさんは特大の春画を二作品展示している。どちらも西洋人と東洋人が交わっている。
 谷原さんのドローイングには、ひとつ目の老若男女がたくさん並んでいる中に、身体的に正常な女性が一人混ざって立っている。
 允君は薮睨みの巨大な自画像と、『我が子を喰らうサトゥルヌス』をモチーフにした絵画、それから様々な人のポートレートを描いたものを展示している。

 別の部屋で展示しているらしい作家が、允君たちに話しかけてきた。五十代前半に見える。杖をついている。気が付くとユアサさんは居なくなっている。允君が、話しかけてきた作家に展示の説明をする。まだ僕は目の奥が痛い。
「お化け屋敷をテーマにしいているんです。この部屋は元々図書室だったんですけど、ここにも出るらしいですよ。それから昨日泊まったホテルに」
 遮るように作家が話し始める。
「ぼくも昨日、金縛りにあっちゃって。両脚。両脚とも金縛りにあいました」
「大変でしたね。やっぱりいるんですかね」
 允君が言う。僕は外に出る。

 展示全体を見終わり、三人でホテルへ向かう。十六時前で、まだ暗くなる気配も無い。十九時からオープニングパーティーがある。別部屋のユアサさんとは待合せ時間を決めて別れ、同室の僕と允君は部屋に入り荷物を置く。
 允君が言う。
「この部屋はお化け出なそうじゃない?」
 僕がふざけて言う。
「出なそうだね。呼んでみる?」
 允君が深刻そうに言う。
「さっきの人、足悪いのに両脚金縛りにあっちゃったんだって」
 僕が言う。
「そういえば杖ついてたね」
 窓の外から夕陽がだいぶ地平線に近づいたのが見える。允君と二人で、急いで海辺まで行く。沈みかけた夕陽が水面に反射する。波に足を洗われるところを想像しながら、靴を脱ぐことはしない。ふざけて波打ち際に寝転ぶ允君の写真を撮る。夕陽を撮る。強く風が吹く。寝転んだ允君が唸り出す。目に砂が入ったらしい。「大丈夫?」と訊きながら、僕は夕陽を撮る。さらに夕陽を撮る。
 と、允君が起き上がり言う。
「ちょうど良い時間に来れたね」
 僕は空返事をしながら、まだしつこく夕陽の写真を撮っている。
「これ『Y』じゃない? もっといい形のないかな」
 允君は珊瑚を拾っている。
「康貴くんの『Y』と、ユアサさんにも『Y』あげようかな」
「ユアサさん、いるかな」
 僕はカメラから目を離して、疑問を思わず口走る。
「いらないかなぁ」と言いながら、允君の片手は珊瑚でいっぱいになっている。
 すっかり夕陽が隠れてしまったのでホテルへ向かう。途中、今度は少し笑いながら允君が言う。
「さっきの人、両脚金縛りにあっちゃったんだって」
 僕が言う。
「允君それ、あと十回くらい言いそうだね」
 
 ホテルに着く。待合せの時間になる。ユアサさんが『Y』の珊瑚を受け取る。


横たわる允君

お読みいただきありがとうございます。
少しずつ更新します。

越智


 
 








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